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■【Britannia PART FOUR: CATACLYSM(大変動)】■(詳細Ver・未完)
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ブリタニア編 第四部: CATACLYSM

氷柱風に深夜の雲がはためいた。フードを目深にかぶったロード=ブラックソーンは、塔の頂きから、彼の軍隊が同士討ちを繰り広げるのを眺めていた。人にあらざる唸り声、怒鳴り声。鉄に撃ち合わされる鉄。鋭い音響が、彼らを取り囲む荒涼とした黒い岩山の頂上に舞う。

薄暗い渓谷は、雪崩を繰り返すその雪景色一面に月光を浴び、青ざめていた。その陰気な風景に散らばる焚き火が星座を形作る。中央に独り聳え立つ漆黒の塔。その基部に、異形の軍隊が集まっている。グロテスクな、牙を生やしたオークども。やや小さなゴブリンの集団に向け、斧や槍を振りまわしていた。オークどもがその小型の一族を愚弄する。ゴブリンがそれに応えて刃を振るう。彼らの周囲には、人間が、カオス・ガードたちが取り囲んでいた。哄笑に嘲笑、銅貨の石つぶてで励まし、けしかけながら。

ブラックソーンは、その戦いをストイックな瞳で見つめていた。グローヴに覆われた拳が、石の防壁の上にかけられている。

おぼろな影が、金色に輝く篝火の背後に現れた。エグゼドゥアは、凍てつく宵の風に腕を組んだ。いつもどおり、柔らかな声で言う。「レディ=ガブリエルがお呼びです、閣下」

ブラックソーンは目下の争いを身振りで示した。「見よ、私が争いに導いたあの軍勢を」

暗殺者は塔の端を一瞥した。けだものじみた悪罵が下から昇ってきた。「彼らは戦士です。戦うのはその性ゆえに」

「彼らはお互いを憎んでいる。ただ私のために、ともにここまできてくれたのだ。だが、内部抗争は我々を破滅させる」

「彼らの為すがままになさいませ。あれは動物です。邪悪な獣」

ブラックソーンの眼差しが冷ややかさを帯びた。「違う。彼らは人だ。彼らは自分たちの尊厳を取り戻さねばならぬ」

ブラックソーンの片手があがり、鋭い呪文の言葉が放たれた。低空にあった真冬の雲が裂け、その隙間から稲妻が、争いあう軍隊の中央に吐き出された。煤けた衝撃風がオークやゴブリンどもを散り散りにする。カオス・ガードたちは沈黙した。

ブラックソーンは散り散りになった戦闘員たちを眺めた。「名誉とは、庭木のように手をかけてやらねばならぬもの。そして、文明を育むものだ」

エグゼドゥアは言葉を返さなかった。ただ、荒れた高塔の戸口を身振りで示しただけで。


ブラックソーンはレディ=ガブリエルの前に跪き、頭を彼女の手のひらに委ねていた。石壁がむきだしになった部屋が火照り、脈動する。葉脈状の白色の魔力がガブリエルの両手から放たれ、ブラックソーンの弱った体に染み込んでいった。その青ざめた素肌は、蜘蛛の巣状のしわやひびを通じて、ガブリエルの呪文からエネルギーを啜った。苦痛に全身を震わせる。ガブリエルが内部への治癒魔法を進めるたびに、ブラックソーンは涙を流した。

治療が終わると、ブラックソーンはガブリエルの膨らんだスカートを掴んで、息も絶え絶えになっていた。馴染んだガブリエルの香りが、ぼろぼろになった肺にはありがたかった。ガブリエルは黒いマントをブラックソーンの肩に掛けて、その白くなった短い髪をなでながら囁いた。「あと少しです、あと少しで、以前のようにほぼ元気になれます」

ブラックソーンは瞬きし、充血して黒ずんだ瞳から涙を振り払った。「今ので最後だ。もう時間がない。動かねば」

ガブリエルはたじろいだ。「もう、ですか?」

「私の逃亡から三日経つ。ブリティッシュとニスタルはもう、ブリタニアのどこにだって行けたはずだ。今では、二人も私が自由の身であることを知っているし、きっと私のためにはった呪縛を消してしまうに違いない」

「分かっています。でも――」ガブリエルの声は沈黙した部屋の中を漂った。ブラックソーンの傍らに身をかがめると、両手を取る。部屋に満ちるガウンの衣擦れの音。「私の準備がまだ。どうか」

ブラックソーンは震える手のひらでガブリエルを優しく撫でた。「分かった。だが、もうその時はきている」

「それでも、ニスタルは私のおじいさまなんです。シャドウガストは置いていってください、ブラックソーンさま」

「必要なんだよ」ガブリエルの金色の髪に軽く口付けした。「呪文を止めるのに、あれは必要なんだ」

ガブリエルは身を引いた。ブラックソーンの目を見ることができる距離まで。「うそです。あのおぞましい剣を、ブリティッシュさまに対抗するためのもうひとつの刃として持っていく、それだけです。予備の武器として、それにすぎません」

ブラックソーンは深々とためいきをついた。「そうなるかもしれない。そうならないかもしれない。失敗は許されないんだ、ガブリエル。心から申し訳なく思うが」

ガブリエルは頑なになって眉をしかめた。「なぜ、そんなに私に冷酷にあたるのですか?」

「犠牲が必要なら、そうするまでのこと。それがつまり、私が冷酷な人間だということならば、まったくそのとおりさ」

「ご自分を悪く言うのはお止めください。あなたは邪悪ではありません、ブラックソーンさま」

ブラックソーンは首を横に振った。その骨ばった姿に、濃く影がわだかまっていた。「ブリタニアの人々は、私について君と違う考え方をしている。窓の外を見るんだ。オークどもにカオス・ガードたちの軍勢を率いて、ロード=ブリティッシュに歯向かう私。歴史は、私のことを好意的に記憶してはくれまい」

「オークたちがブラックソーンさまにお仕えするのは、ブラックソーンが迫害から彼らを守ってくださるからです。それは邪悪なことではありません。それに率直に言って、私、『カオス』って言葉は大嫌い。ブリティッシュさまへの嫌がらせとして使っておられるだけなのでしょう?」

ブラックソーンは振り向くことなく微笑んだ。「きみは私のことをよく分かってくれている。だが、考えてもみてくれ。私の生涯の仕事は、破壊、ただそればかりだ。ブリティッシュは徳を築き上げ、私がやったことといえば、ただそれを貶めただけ。ブリティッシュはソーサリアの統合を望んだ。私が彼によこしたたったひとつの返答は、彼を襲うことだった。いったい、何をさして『邪悪』というんだ、この破壊をよきものというのならば」

「そんな言葉、聞きたくありませんでしたのに! 私は、ブラックソーンさまを信じています。だから、私はここにいるのですよ」

「では、私を助けてブリティッシュを襲ってくれるか?」

ガブリエルは目を細めた。「私は今、手を貸しています。ですが、私の限界はご存知でしょう。無理強いしないでください」

「私は、君を試すためにここにいるわけじゃない。私にはやるべきことがある。どうか、私のために心を強くもってくれ」

「もし私が弱かったとしたら、とっくの昔に壊れてしまっています。ブラックソーンさまのせいで。ですが、ものごとには善きこと、悪しきことがあります。閣下、私がその境界線をどこに引くか、ご存知ですよね」ガブリエルは、ブラックソーンの頬に手を当ててから、立ちあがった。「どうか、私が持ちうる以上の強さを示せと、私に強いないで」

その声の、最後のほうはほとんど聞き取れなかった。ガブリエルはブラックソーンから離れると、華美なドレスで空気をかき乱しながら、すうっと部屋を出ていった。

ブラックソーンは片膝を立てた。身にまとったマントが、まるでそのやつれた肉体に覆い被さる陰のようだった。「双子の月にかけて、あの古写本そのものがあったとしても、あれ以上にとんでもない生き物は呼び出せそうにないな。そう思わないか、エグゼドゥア?」

部屋の角の暗がりに、人影が浮かんできた。「私がいるのを知っていたので?」

「今や、私はおまえなしではいられまい、そうだろう? おまえは私自身の影なのだから」

「お世話申し上げておりますよ、閣下。まだ回復しておられないようですからね」

「私を狙う暗殺者が、今や私を守る護衛者に、ということか? 馬鹿げた時代だな。さて、我が護衛者よ、着るもの、それから私の最高の武器を持ってきてくれ。我々はもう一人の女に会いに行く。ガブリエルがどうあがいたってはるかに及ばんほど、危険な女にね」

エグゼドゥアは、ガブリエルが消えて行ったドアの奥に視線を投げた。「閣下がそうおっしゃるのであれば」


大広間が、20体のデーモンロードの吠え声に揺れた。汚らしい生命体たちは、巨大な翼をぱっと広げて、中央にいる人間の集団めがけて突進した。白く燃え盛る光がそれらを迎え撃った。この世のものにあらざる肉体が光に撃ち抜かれる。銀色の木の幹のようなエネルギーの杭が、血まみれの空間を切り裂き、暴れまわるデーモンたちを貫いた。そして、まばゆい刃が閃き、撃ち込まれた。矢が悪魔の肉体に風穴を開けた。それでも、魔物たちは攻撃の手を休めなかった。

 人間たちの中でもっとも背の高い人物、ロード=ブリティッシュは、海蛇の紋章が入ったカイトシールドで巨大な鉤爪を打ち払った。「ニスタル、私にサークルを唱えろ! イオロとグウェノは、ニスタルをかばうんだ! ジョフリー、シャミノ、このけものどもの後ろに回って私のほうへ追いこめ! 私がやつらを引き込む」

完全武装の王者が、ニスタルと突撃してくるデーモンたちの間に立った。光り輝く長剣が振われるたび、魔物の胴体にざっくりと傷口が開いた。その傷口へ、マスター=イオロとその夫人、レディ=グウェノのクロスボウから、情け容赦なく矢が注ぎ込まれた。巨大な屍がバリケードのように積み上げられた。サー=デュプレ、それにレンジャーのシャミノは、デーモンの大軍を挟み込むようにして攻撃していた。シャミノの槍先は、魔法の炎に包まれていた。騎士のプラチナ製の剣は、猛禽類のような金切り声を上げて空気を切り裂き、鷹が雲を貫くように敵を貫いた。ややあって、魔物たちはもうひとりの人間に向かって転進した。

そのとき、ロード=ブリティッシュがデーモンの逆棘のついた尾に打ち倒された。グウェノが悲鳴を上げてそばに駆け寄ったが、ちょうど他の地獄の王者たちが押し寄せるところだった。二人は、翼と鉤爪、それにすえた、唸り声を上げる肉体の山の下に消えてしまった。

ニスタルが手を振り上げながら、呪文を叫んだ。光の輪がデーモンたちを取り囲む。デーモンたちは揃って吠え猛り、周囲の不可視の壁に向かって突進し、激突した。今や、彼らは罠に捕われていた。ロード=ブリティッシュはぐったりしているグウェノを腕に掻い込むと、さえぎられることなく脱出した。

「なんとかうまくいったな」ブリティッシュが息を切らしたままニスタルに向かって頷いて見せた。そのそばにイオロが現れ、ひったくるようにしてブリティッシュの腕からグウェノを受け取った。

グウェノは身じろぎし、髭を生やした弓使いを見上げた。「笑って、あなた」とグウェノは微笑んだ。「私なしじゃいられないのね」

イオロは笑い飛ばした。グウェノはイオロの手を借りて立ちあがると、シャミノのほうを向いた。シャミノは怪我をして寝かしつけられていた。

サー=ジョフリーは屍を片付けた。そして、自信に溢れた笑顔で叫ぶ。「陛下、ストーンゲートは我らの手に!」

ロード=ブリティッシュは、高々とその剣を掲げた。それから、それを鞘に納め、ニスタルに囁いた。「できるだけ速くデーモンどもを片付けるんだ。待つことなく取りかかりたい」

老魔道師は眉を寄せた。「あわてるべきではありませんぞ。分かりきったことと思えますが」

「いいか、ニスタル。ブラックソーンがどこか外に抜け出した。軍事力を手にした。もし我々を見つけ出せば、ブラックソーンはこのデーモンをモンバット並みにしてしまうような手を打ってくる」

ニスタルが顔をしかめた。「絶対に見つかりませぬ、陛下。我が隠蔽の呪文をつうじて我々をつきとめられるものなどおりません」

「私はきみの魔術を信頼しているよ。だが、ふたたびブラックソーンを過小評価するようなまねをしたくない。部屋がかたづき次第、呪縛を始める」ブリティッシュは出口に向かって歩き出した。「サー=ジョフリーが徳の守護者たちを位置につけたときには戻ってくるよ」

魔道師は苦々しく呟いた。「陛下、わしは、次にあのごろつきに出くわしたときは、永遠にやつを処分してやりますよ。やつの存在はブリタニアの品格を貶める」その声は、デーモンたちにしか届かなかったが。そして、デーモンたちは、怒りのあまり興味すら持っていないようだった。


渓谷の塔の中、黒い部屋でブラックソーンが空の椅子の前に立っていた。その彫り上げられた木材が、窓から射しこむ長方形の月光を浴びて、銀色に輝いている。その光以外、この部屋を照らすものはない。

ブラックソーンはプレイトアーマーを着こみ、彼の紋章である飾り十字を刺繍したコートを重ねていた。片手には抜き身のシャドウガストがあった。微妙に曇った深紅の刃。ブラックソーンの声が重々しく響いた。「レディ=ガブリエラのほうは大丈夫だろうな?」

「閣下の秘薬の確認をしています」エグゼドゥアは隅で聞き耳を立て、暗がりに目を凝らした。「時間はあります」

「よし。さあ始めよう。忘れるな、おしゃべりに惑わされるなよ。我々の目的はただひとつなんだ。それから、感覚を鋭く保っておいてくれ」

ブラックソーンは空いたほうの手で呪文を紡ぎ始めた。神秘的な韻律が囁かれると、その指から飛び出したまばゆい光のシャワーが部屋に舞い、空の椅子に巻きついた。光が消え、薄明るい煙に変わった。ブラックソーンは大きく息を吸いこんで、止めた。

今や、椅子の中に何かが現れていた。ブラックソーンはそこに銀色の蛇のような長くてくねくねしたものを見た。優しげな、美的なささやきとともにするすると動いている。だが、その銀色は、だらりとした女の肌を照らす月の光に過ぎなかった。両脚が椅子の中に引き込まれ、体を巧みに隠す。体に張りついているつつしみのない黒い布切れは、暗闇にかき消されたように見えた。黒髪が、豹の毛皮のように輝いている。その皮膚が蠢き、塔の石壁からもれる微風というじらすようなため息に拡大されていく。

指の一本が、その豊かな唇に触れた。彼女は、入り組んだ目つきでブラックソーンを見つめた。「おや、ロード=ブラックソーン、おまえが私の招待を受け入れるとはね。それに、ここは私がいままで拒絶されてきたところだと思ったが」

ソーサリアの破壊者、魔女の女王ミナックスは、ブラックソーンの血肉にむずむずしたものを感じさせる神秘的な微笑を広げた。

ブラックソーンは厳しく睨み帰した。「からかうな! 私が何を望んでいるか、分かっているはずだ」

「もちろん。おまえは私からストーンゲートの要塞がどこにあるか知りたがっている。おまえのかわいい軍隊を送りこめるようにな。ついているぞ、ブラックソーン。私はその情報を持っている」ミナックスは椅子から身を乗り出した。金属的な輝きがその肩からこぼれだす。「交換条件を言え」

ブラックソーンは冷笑した。「時間を無駄にさせるな。我々は、お互いに何が問題かを分かっているはずだ。もしブリティッシュが成功すれば、おまえがやってきたことはすべて無に帰すのだぞ。おまえの王国は消滅するだろう。おまえに、その情報を私に伝えずにいられる余裕はない」

「それで私におまえの側について戦えというのだな。正直に言おう、ブラックソーン。おまえは私の征服を止められなかったのだよ。ある破片シェアードのある面まではな。おまえが例のスペルを、あらゆる破片を一時に破壊してしまうために使用しないでおくなど、どうして信用できようか?」

「おまえの信用など知ったことか。私はおまえが生き延びるための唯一のチャンスだぞ。おまえはストーンゲートがどこにあるのか私に教えることになる。なぜなら、私はすべてのカードを握っているからだ。おまえは、ここでは力を持たないからな、ミナックス」

ミナックスの瞳がきらめいた。顔を斜め上に背ける。「にもかかわらずシャドウガストを納めようとしない」

「そう、危険を犯すわけにはいかないのでね。時間は短い」剣の柄を握りなおす。柄に埋めこまれたひとりの古代の魔術師の指の骨。それは、ミナックスと親しい関係にある魔術師の指だった。

 ミナックスは、はだしのつまさきを地面に降ろし、手を伸ばした。「お世辞のお上手なこと、閣下。ひとつそれを拝見してもよろしいですか? わたくし、その指には少なからぬ思い入れがありまして」

「ストーンゲートはどこだ、ミナックス?」

「まあそうあわてるな。教えてやるとも。おまえの言う通りだよ、我が身、汝の意のままに。ただ、もし私がおまえを窮地から救おうとするのであれば、おまえも質問ひとつにくらい答えてくれてもよかろう。おまえがブリティッシュとニスタルを止める計画を立てているのは知っている。その後はどうなるのかな、ロード=ブラックソーン? ブリティッシュがおまえに膝を屈しないかぎり、おまえは勝利を得られない。おまえはそれからブリティッシュの玉座を襲うつもりか? その冠を戴くつもりか? そう、この国は王を必要としているのだから」

ブラックソーンは顔をしかめた。「おまえには関係ない」

「そうかな? まもなく、おまえは私と立場を同じくする支配者となるだろう。それはつまり、私たちを結びつける。個人的には、私とおまえでともにやっていけると思うのだがな。私がいまここに存在することからして、分かるだろう?」

「駆け引きはよせ、ミナックス!」

「よかろう、では私がおまえにその先どうなるのか言わせてもらおうか。おまえはブリティッシュを殺し、その玉座を奪い取る。各地の神殿を潰し、おまえ好みの王国を作りなおすだろう。ここまではあっているのかな? そしてそれから、おまえは名誉を重んじる男であるがゆえ、今日の我が援助に対して報いをなすだろう」

隅で、エグゼドゥアが息をのんだ。ブラックソーンが彼にちらりと視線を走らせる。

「閣下……」

「やつに耳を傾けるな」魔術師は警告した。

「見えたんです。彼女の言ったとおりのものが。閣下が王となるところを」

「黙れエグゼドゥア」

「そして……」暗殺者はブラックソーンの顔を見上げた。「彼女に報います」

「『渦巻きのレンズ』でね」ミナックスは椅子にもたれかかり、微笑んだ。ミナックスの右腕が、肩越しに椅子の背を掴む。「かわいいペットだね、ブラックソーン。その子といると楽しいよ」

「おまえはだまされているんだ、エグゼドゥア。幻覚だ」

「違います、閣下! なにが私の感覚か私には分かっています。本物です」

魔女は、のんびりと、指先で喉をなぞった。「もういちど見てごらん、かわいい予言者よ。後々、私がいかにおまえを大切にするかをね。そう、おまえのご主人がブリタニアの王となり、おまえが私の個人的なペットになったときに」

 若き暗殺者は呻き声を漏らして膝を突いた。自分自身を抱きしめるような形で。息ができない。手足が震え始めた。水の底で溺れるときのような虚ろな瞳が、ミナックスのけだるそうな姿を捕らえていた。

ブラックソーンは嘲るような笑いを浮かべた。「おまえは帰れ、エグゼドゥア。さあ!」腕がひるがえり、シャドウガストが暗殺者の目の前の石床を激しく打った。火花が華やかに飛び散った。エグゼドゥアはトランス状態から我に返り、数歩後退った。無言のまま、エグゼドゥアは部屋から飛びだし、振りかえることなくドアを勢いよく閉めた。

ミナックスが笑った。声を立てて。まるで、調和しない鐘のように。「あの男、もう二度と自分のヴィジョンを信用することはないだろうねえ。そう、おまえの言ったとおりだよ、信用など無益なものだ」

ブラックソーンは唸るように言った。「おまえにはもううんざりしてきたよ、レディ。さあ、早く終わらせよう」

「そう怖い顔をするな。私たちはこれからもっともっと会うようになるのだから。そのときまでには、おまえも決断をくだしておいたほうがよいぞ。おまえの王国はどのようなものになるのか?」ミナックスはにやりと笑った。「おまえはどんな理想に仕えているんだ、ブラックソーン?」

「おまえの理想とは違うものをな、病んだお子さまめ。私が悪に仕えるものか」

重苦しい時が流れる間、魔女の顔に雷雲のような笑顔が浮かんだ。そうして、ミナックスは音楽的な笑い声を上げ始めた。なにものにも捕われることのない嘲りのシンフォニー。「よかろう、ブラックソーン。だが、私はおまえの統治を楽しみにしているぞ! ブリティッシュと比べれば、おまえは道化者のように元気がいいしな。さあ、おまえが探しているものだ。貸しはいずれかえしてもらうよ、黒い王子さま」

眩い光の中、両者の間の床の上にルーンストーンがひとつ現れた。

ブラックソーンはもはやミナックスを見ようとしなかった。首を振ると、大きく息を吐いて叫ぶ。「無数の星々にかけて、力はおまえを退屈な存在にしてしまっているな! ここから消えろ!」手を一振りし、椅子の下から旋風を巻き起こしながら、輝くリングを送還する。

ミナックスが視界から消えてゆく。その最中、魔女の女王はブラックソーンにキスを投げた。「また会いましょう、私の新しいペットちゃん」

ミナックスが消えてしまうと、ブラックソーンは跪いてルーンを拾い上げた。それはまるで舌のように手のひらをくすぐった。罵り声を上げると、シャドウガストを空になった椅子めがけて投げつけた。椅子は、鞭がしなるようなノイズをたてて真っ二つになった。その不気味な刃が固い床に突き刺さる。その刀身を、煙の渦が取り巻いていた。

「くそッ、悪魔め」そう呟くと、ブラックソーンはルーンをグローブに覆われた指でもてあそんだ。


エグゼドゥアが塔の頂きでガーゴイルのようにうずくまっているのが見えた。月は岩山の背後に隠れ、渓谷は闇に閉ざされていた。ブラックソーンは冷たい風に顔をしかめた。皺だらけの顔が、鋭く引き締められる。

「魔法だったんだよ。やつはおまえで遊んでいたのさ」

暗殺者は身動きしなかった。「私はかつて運命の名のもとに動いてきました。しかし、いまからどうして自分のヴィジョンを信じることができましょうか? 彼女は私からそれを盗んでいってしまいました。もはや、仕えるべきものがないのです」そして、沈んだ眼差しをブラックソーンに向ける。「あなた以外には。ロード=ブラックソーン」

ブラックソーンは表情を緩めない。「ではいかにして未来を作るか教えてやろう、未来を見る代わりにな。だがエグゼドゥア」指をつきつける。「へたな芝居はよせ。おまえが私についてくるのは忠誠心や利他主義のためじゃない。そろそろ本当のことを聞かせてもらおうか。なぜ、最初に私を探り当てたんだ? いったい、お前は何を見ていた?」

若者は瞬きし、わずかに微笑んで見せた。しかし、口を開こうとしたとたん、別の声が冬の空気を切り裂いた。

「ブラックソーンさま! やってしまったのね!」

2人は声を追って屋上への出入り口に目を向けた。そこに、レディ=ガブリエルが、険しい表情を隠そうともせずに立っていた。

「答えて! あの魔女を呼び出したんでしょう?」

ため息がブラックソーンの肺を冷たくした。「あの場所へのルーンは手に入れた。出発の準備は整った」

ガブリエルの顔色が赤く黒ずんだ。涙が頬を伝う。「分かりました、ブラックソーンさまはもう私を必要としていないということですね」と言って背を向けると、階段をおりはじめた。

ブラックソーンが大股でその後を追う。「ガブリエル、絶対に――」

「もういや!」ガブリエルは両手をブラックソーンに向けて突き出した。激しい魔力の奔流がブラックソーンを乱打した。胸に数十ヶ所もの火がつき、ブラックソーンは仰向けに吹き飛ばされた。やがてもがきながら体を起こすと、魔法で自らを治療した。

ガブリエルの美しい容貌に怒りと疲労が充満していた。「私の限界はご存知だったはずです。なのに、ブラックソーンさまはあの女と取引をなさった。我慢できません、もうこれ以上は。さようなら」

ガブリエルは塔の階段を下っていった。ブラックソーンはそれをただ見つめていた。

月は急峻な山々の下に沈んだ。ブラックソーンの表情は闇に隠されている。声もまた、その影ほどに微か。「ガブリエルのことが今宵のもう一幕だったわけか。私のせいで行かせてしまった」

エグゼドゥアはブラックソーンを助け起こした。「もし違う手があったとして、それを選んだと思いますか?」

ブラックソーンは、ほんのしばらく塔のざらついた石材にもたれかかった。それから堂々とした姿勢を作って、歯を軋らせた。猛禽類のような瞳が光った。「軍に準備をさせろ」唸るような声。「それと、その質問は二度とするな。我が血にかけて、疑心暗鬼に陥りそうだ! さあ動くぞ。戦いのときだ」


Inside the ancient fortress of Stonegate, the blackened ceiling of the great hall loomed eighty feet above the floor. The rafters were a latticework of titanic wooden beams. They might have been mistaken for iron, so hard and dark were they from countless ages of torch fires and hearth smoke. From above they seemed to cage the giant chamber beneath unbreakable bars. Fresh flames now danced in the great hall. Nystul was lighting a wide ring of braziers in the center of the floor. Inside was a smaller ring of candles atop tall, thin stands, ornately wrought by a master's hands. In the center of this circle was a small podium. Upon it lay a disk of blue crystal, in which glimpses of a black place shifted and twirled. Lord British stood in front of the podium and gazed at the fabled Vortex Lens. He still wore his weapons and shining armor, wiped clean of the blood from the earlier battle. His helmet lay on the floor beside him. His brow glittered with sweat. The old wizard Nystul lit the final candle and clasped his hands together. "My lord, we're ready to begin." The monarch exhaled a tremulous breath. It fogged the chilly air. His large eyes reflected the color of the lens. "Nystul, are we doing the right thing? Can we really succeed?" "As I've told you, we can most assuredly cast this spell." He tugged at his full, white beard. "As to whether it's the best course of action, my own conscience is at ease. But my lord, only you can make the final decision. The fate of Britannia is your burden, as it has always been." British traced the edge of the lens with a steel-sheathed finger. "We're putting things right again. We're finally undoing the evil of Mondain. We owe this to the people of Sosaria." Nystul nodded. "As you say, my lord. Let us start. Hesitation is the death of good deeds." With a grave sigh British stepped back from the podium. "I'm ready. Let's rewrite this world." In unison they began to chant.
The armies of Lord Blackthorn growled like a horde of wild beasts. In the blackness of the predawn they waited at the base of the tower, a swarm of steel helmets and black cloaks and battle-pocked shields. The tips of spears and halberds danced over the crowd like anxious stallions. A thousand swords, meticulously sharp, captured the light of endless torches and bit the darkness with their glowing fangs. The troops barked and shouted in a rising, blood-hungry frenzy. From the peak of the tower Blackthorn inspected them with stern eyes. The mounted Chaos Guards were herding the others into marching formation. When he judged that all was ready, he threw up his hands and flung from each a giant, forking bolt of lightning. The flash and thunderclap drew all eyes to him. "Warriors of Sosaria!" he bellowed in a voice that hammered the walls of the valley. "Hold tight to your weapons and listen to me! Tonight we go to face a legend. Awaiting us are the best soldiers and sorcerers Lord British can field. This will be unlike any battle you have ever known. But look around you! Never has history seen an army like ours. Never before has man and orc and goblin and ettin stood together for a single cause. When British's soldiers set eyes upon you, they will learn a new kind of fear! They will understand what it means to wake the god named Chaos!" A booming cheer soared from the ranks of firelit warriors. Even the horses joined in the clamor, until Blackthorn lifted his hands again. "Tonight I face Lord British himself. I fight in the name of life and freedom. I fight for every being across Sosaria, even for those who stand against us, even for those who sneer at our anger and mock our cause! Tonight I stand against Lord British, and with these hands I shall take back our world! That is my grave duty. And my last allies, my most loyal companions, your duty tonight is simply this: Let no man or god stand in my way!" The dark troops roared with bloodlust. Blackthorn unsheathed Shadowghast and held it overhead, as if its crimson blade could suck yet more fury from the masses of soldiers. Then he stepped away from the edge of the tower and glanced to his side. Exedur stood close by. The assassin wore the same shadowy clothes as he had the night Blackthorn first captured him, on the way to murder Lord British. The young prophet handed the nobleman a small pouch. From inside Blackthorn withdrew the witch's rune. He clenched it in a gloved fist. Exedur leaned close to him, speaking in his gentle voice. "You're sure you can do this? You don't want to overtax yourself before we even get there." Blackthorn's grin was unrestrained. "Tonight I have no limits. Stand back." He lifted the runestone in the air and began to chant the lyrics of a spell. As his resonant voice strengthened in volume the magic symbol began to shine, until a shaft of white light thrust up into the sky. On the lowering clouds the rune traced itself in bright, undulating lines. Blackthorn's sorcery called down the cloud cover until the glowing symbol hovered above the army. Its magical light washed away the dark of the snowy valley. The air split open. A vertical cleft the height of the tower sputtered fire and wind as it parted, groaning like a giant wooden gate. Soon it was wide enough to admit the marching column into the inky portal. The Chaos Guards shouted commands. The black army heaved forward into the darkness beyond. Exedur murmured to Blackthorn, "Now you must confess, my lord. You've got the top room of this tower filled with magical reagents. How do you intend to use them on the other side of that gate?" The sorcerer shook his head. "Never overlook the obvious." He crossed his wrists and barked another verse; and the stones of the tower shook. Exedur crouched to keep his balance as granite blocks cracked and rumbled. The roof pitched. In an instant they were rising into the air, sorcerer and assassin and rooftop together. Exedur peered over the edge to find that the top floor of the tower had dislodged itself from the rest of the structure. They were floating on a squat cylinder of coarse black stone. Broken granite dribbled from the jagged lower edge of the circular wall. High above the chaos army they glided, soundlessly closer to the violent cleft in the air. Blackthorn moved his open hands as if the action controlled the hovering platform. His face pulled into furrows of concentration. "I'm taking the reagents with me, Exedur. Simple as that. But dammit, my eyes are still tender. All this light and dark is blinding me." He closed his eyelids, whispered to the ether, then opened them again. A bright red glow pulsed from his sockets, as if his soul was volcanic. "That feels better. Now show me the way to Lord British, Exedur, and I'll deliver you a miracle." Looming overhead, his broad cloak roiling behind him like a thundercloud, Blackthorn led his black troops forward to the waiting fortress of Stonegate.
When Sir Geoffrey burst into the great hall, he felt Nystul's stern voice bellow in his head: Halt! Do not interrupt us! The knight looked to the center of the room. Encircled by slithering flames, Nystul and Lord British sang peculiar chants that manifested as a wafting, tinted mist. Intricate aurora patterns shimmered in the air under the tall, dark ceiling, painting the chamber with a multicolored glaze. Geoffrey gaped at the crisscrossing patterns of light. He squeezed shut his eyes when he realized the old wizard had been shouting into his skull for many moments. Quickly, Sir Geoffrey, what news? The paladin was familiar with the mental communication. It's Lord Blackthorn! His army is attacking! And Sir Dupre? What of his forces? Blackthorn opened a gate large enough to march his troops through. He bypassed the ambush set by Shamino and Dupre. There's no sign of the Serpent Knights. I predicted as much. You know what to do, then. Prepare yourself as I instructed you. It will not be easy for me, sir. I know, Geoffrey. But yours is the most important charge of all. You must not fail. I understand, Nystul. Good luck to you. The knight made little sound as he exited. Within the circle of light and fire, Nystul peered into the powerful, undulating imagery of the Vortex Lens. Under a frosty beard he indulged in a smile.
Wedged in a spine of foreboding mountains, the fortress of Stonegate from a distance resembled several castles stacked atop each other. Turrets and towers of grey stone leapt toward the sky in a chaotic dance. The granite walls were high and heavy. The fortress had a dour aspect, like a golem squatting among the sharp cliffs, waiting for an unknown master. As the impending dawn stole stars from the sky, Stonegate emitted a ghoulish shimmer from a crust of midwinter ice. A single bridge spanned the chasm separating it from the mountain roads. Icicles dagged the bridge's underside like the fangs of a predator's skull. Clusters of bright flame lit both ends. An army in shining mail arrayed itself to defend the bridge. The Virtue Guard formed a dauntless line at the edge of the silent chasm. Their shields glistened with five hundred silver serpents. Facing them was a force of black-swathed soldiers emerging from a bright fissure in the air. The invaders did not display the austere dignity of the Virtue Guards; rather they roared and howled and bellowed in voices that were not always human. Siege engines crawled along in their midst. Overhead floated the nightmarish vision of their master, Lord Blackthorn, a dark apparition with blazing red eyes perched on a platform of ragged stone. For a moment the two forces gazed at one another across a space of crisp, dark air. Then Blackthorn called down a talon of lightning from the clouds. It struck the ground between the armies, damaging only the coarse earth; but the stroke blasted away the chill of the battlefield. The two sides lurched forward with rampant war cries. They clashed to the staccato percussion of weapons upon shields. Among the armed soldiers fought wizards of all disciplines. Flashes and sparkles erupted from the melee. Explosions rocked the battleground. The sullen crags of the mountain range lit up with the brilliance of sorcery. Most devastating of all were the spells of Lord Blackthorn, hurled down from his hovering stage in thunderous, ravaging volleys. The fearsome power of the nobleman seemed to weaken the resolve of the Virtue Guards. The army of Chaos pressed their assault. Soon siege engines were throwing new bridges across the chasm. Dozens of orcs fell into the abyss, victims of clouds of arrows, yet dozens more reached the walls of Stonegate with scaling ladders. The Chaos Guards followed close behind. Grim-faced, the wizards of Lord British turned their attention to Blackthorn himself. They launched cascades of elemental power at the dark lord on his flying platform. In response he swatted away the attacks with magic wards and ghostly Shadowghast, and rained down upon them a stream of booming, derisive laughter. The first amber bolts of dawn revealed a battle turned against the Virtue Guards. But the sun warmed their courage. They pushed back with renewed spirit. Shouts of furious defiance suggested the day was only beginning.
In a stone corridor dotted with torches, three figures waited before a tall wooden door. Sir Geoffrey gazed down the hallway, his hand propped on the hilt of his platinum sword. His eyes were sharp as daggers. Next to him stood the archers Iolo and Gwenno. They were singing a soft tune from ages past. Their low voices braided lyrics that spoke of the sorrow of an ancient, dying king. They stopped when Geoffrey raised a mailed hand. He pointed down the corridor. From the gloomy distance a figure appeared, moving closer with long strides. "Blackthorn," muttered the knight, hefting his tower shield into place. "I'll be damned. Nystul was right." "Load up," said Iolo, though his wife's crossbow was already cocked. Blackthorn spread out his hands as he approached. "Gentlemen! My lady! Shouldn't you be outside right now? Your troops aren't faring well." The knight donned his helm, though his faceplate was lifted. "Master Nystul predicted you'd make an illusion of yourself as a decoy in the battle. It's only a matter of time before our mages deduce that. The tide will turn when they do." Blackthorn blinked slowly from under his gaping hood. "Quite likely. No matter. The battle has served my needs already. There's only three of you standing between me and the spell chamber, instead of an army of guards." Sir Geoffrey lifted his chin. "We three are sufficient, my lord. Your magic is useless in this corridor. Master Nystul has arranged it." He slid his gleaming sword from its scabbard. It made a sound like a rush of wind. "It's the blade for you, Lord Blackthorn, if you're going to get past us." "Ah, the famous White Falcon. I've always admired that sword, Sir Geoffrey. Care to meet mine?" When it emerged, Shadowghast was as quiet as a crypt. Master Iolo grimaced. His long, wiry beard exaggerated the expression. "A weapon not even a daemon would forge. You've truly embraced the dark this time, haven't you?" His crossbow lifted. Gwenno's aim matched his. "Drop it, if you please." Blackthorn stroked his chin with a glove of ebon chainmail. "Death serves in my camp. I have no desire to live beyond my deeds today. That's why I'm going to win." He glowered at the archer. "Fire on me, Iolo." "I'll write you a proper dirge, my lord," said the archer, then squeezed the firing lever. Blackthorn swept Shadowghast in the path of the quarrel. The sword pulled true to the missile's trajectory. Iolo's bolt shattered into brilliant sparks as the crimson blade cleaved its steel tip. Lady Gwenno fired a simultaneous shot, though it flew astray. She yelped and stumbled forward. A man in black crouched behind her, pulling a short sword from her back. Master Iolo abandoned his crossbow and in an instant two rapiers were flashing in his hands. His twin blades engaged Exedur's double short swords in a dazzling cyclone of clanging metal. Cuts appeared on each combatant. Neither seemed overmatched. Blackthorn and Sir Geoffrey locked eyes. Their weapons streaked at one another, crashing together in mid-arc. When struck, the platinum White Falcon let out a screech like a hunting hawk. A burst of white light exploded from the impact. "Nice," said Blackthorn. "Try me once more." They hurled together. In rapid beats their blades smashed again and again. Sometimes the impact expelled flashes of white with a falcon's cry. Other times it glittered the color of blood. The warriors circled. When a blow deflected from the knight's tall shield Blackthorn noted aloud, "You came prepared, Geoffrey! Your shield doesn't crumble at Shadowghast's sting." "Nystul enchanted it. I learned from his experience fighting you." "Indeed?" The pale-skinned nobleman carved out a series of strokes in the shape of his favorite rune, then ducked low, pirouetted and thrust Shadowghast directly at the shield. The crimson blade pierced steel and wood with a loud crack. Its point lost momentum inches from Sir Geoffrey's gut. The knight clipped short his breath. "Don't take tactical advice from a scholar," offered Blackthorn, wrinkling his nose. Iolo and Exedur charged into their duel with a quick, deafening rhythm. When it seemed as if youthful endurance might prevail, Lady Gwenno reappeared, healed and angry, sword and dagger in hand. Unable to engage both attackers, the assassin ducked aside. The couple pursued him in practiced tandem. The magic swords banged together with flashes decreasingly red. White Falcon's blade whirred through the air to the sound of beating wings. Lord Blackthorn bled from several shallow cuts. Sir Geoffrey pressed him back from the wooden door. "You can't beat me, my lord! Abandon this madness." The nobleman's response was an unexpected, vehement slash down the center of the knight's tall shield. It split in half and fell to the floor. They exchanged a few more ripostes and then Shadowghast cracked the side of the knight's full helm. The steel dissolved to grey dust and spilled off of Sir Geoffrey's head and shoulders. Blackthorn squinted his bloodshot eyes. "We're all mad here. And I will win." A second figure lunged at him. Lady Gwenno had suddenly switched targets. Blackthorn dodged a rapier thrust to his low quarters. He answered with a swipe at her shoulder. She parried it with ease, though her weapon turned to soot and burst into a cloud. By reflex he shoved the point of his sword at her lightly armored chest. Sir Geoffrey snarled, "Not her!" and dove forward to interpose White Falcon. The platinum blade found its mark. Shadowghast clanged away. Yet the knight was off-balance and Blackthorn's instincts served him. A second later his crimson blade rested against Geoffrey's uncovered throat. The knight gulped for breath. "Don't bother bluffing, my lord. Kill me or leave. I won't surrender my post." "You die for a noble cause," murmured Blackthorn as he slashed open Sir Geoffrey's neck. The vile magic of the red metal fountained through the soldier's body. With an expression of agonized shock, the knight stared down as his body transformed to an ashy grey. Like a delicate eggshell he fell apart under his own weight. Blackthorn shut his eyes for an instant and spat a sorrowful hiss. Iolo cried out and rushed him. The warrior's dual rapiers struck like snakes. Blackthorn felt Shadowghast wrested from his grip. It clattered a few yards away as Iolo's sword tip punctured his side. The wound buzzed with pain. Like a whirlwind Exedur fell upon Master Iolo. Distracted by Blackthorn, the archer was unprepared. The assassin buried both short swords into Iolo's sides, then twirled and held his blade against the chest of the unarmed Gwenno as she scrambled to reach her crossbow. She froze and glowered. The young assassin motioned to his master. "Shall we finish them before Iolo recovers?" Blackthorn snatched Shadowghast from the ground. "No. My lady, take this." From a pouch he withdrew a small runestone. "Spells don't work here, but a rune should. This one will transport you back to Britain. There may still be time to save both of them." The archer scowled but grabbed the rune. As she knelt beside the ashes of Sir Geoffrey and the still body of her husband, her expression revealed a blend of fury and pity. "What length does your evil go?" she muttered. Then the rune cast a glow about her and she vanished with her fallen comrades. Exedur sheathed his gory blades. "You lied to her. There's no hope for the knight." "But Iolo can be helped. And now they're both safe and far away from us." The assassin frowned as he quaffed a healing potion. "There's another presence here, my lord. A feminine one." "I know. Minax must be up to something. Monitor your senses, but be wary of her tricks." The young man swallowed hard. "I'm afraid to look at the future, my lord." Blackthorn inhaled deeply. "So am I, lad. So am I." Shadowghast carved a black gash in the huge door. The two men kicked it open and stepped inside.
When he entered the great hall of Stonegate, Exedur screamed and collapsed to the floor. In wild torment he pawed at his head and face. Blackthorn knelt beside him and whispered, "Your senses got us this far. But I was afraid they'd turn against you like this when we're so close to a dimensional nexus. Be strong, prophet. I go alone from here." He rose and walked toward the center of the room, where a kaleidoscope of sorcery swirled in giant, concentric columns. Inside British and Nystul chanted their parts of the Spell of Binding. The azure Vortex Lens rested before them on a pedestal. The air seethed with strange qualities that the nobleman struggled to identify. He had the odd sensation that the world he knew was a crystallization of abstract elements, and that here in the spell chamber the concrete world was unfocusing, slipping in subtle ways back toward the abstract. The feeling was distractive, intriguing. He blocked it out by tightening his fists and curling back his lips. "British!" he shouted, stalking the perimeter of the ring of braziers. "I've come! Check mate!" The monarch stood in a whirlpool of light and color that whipped his hair and livery. "Don't interfere! This is not a game, Blackthorn." "Don't patronize me! I gave up everything to come here. I have nothing left now but to stop you. I'll die to do it." The white-haired Nystul continued his chants as he watched the two men. He sheltered private thoughts behind narrowed eyes. Lord British looked into Blackthorn's pale, ravaged face and smiled. "Give me ten more seconds, my friend, then do what you must." He stretched out his arms to each side. His hands he flattened like blades. Then he punctured the air itself, and with each hand opened up a hole. Beyond each rupture in space was another room; another great hall pulsing with magic; and another Lord British casting a spell with outstretched hands. Blackthorn widened his eyes and peered closer. The scene was astonishing. Through two holes in the air he saw two other Britishes. Beyond each of them was another cleft in space, through which another Lord British was visible. As Blackthorn made out more and more detail, he realized that the chain stretched in both directions farther than he could hope to discern. British and Nystul had opened gates to other shards. Their counterparts on those other shards had done likewise. Blackthorn realized the truth of the assertion that lawful order might indeed bind them all together. Yet he also recognized that he was correct, as well, for each Lord British in another world was distinctive in his own way. They were not identical men; they were men with a common past. Individuality had asserted itself since the Gem of Immortality was rent into shards. After the Binding, what would be lost from these alternate Britishes? What treasury of adventure and insight would be sacrificed by erasing the parallel timelines? Then the nobleman witnessed something that shook his entire body. Scantly visible through the rips in the air, lurking in those mirror Stonegates, were glimpses of other Blackthorns. He saw himself in an infinite chain, each image his reflection after a different set of life experiences. He saw what he might have been, what he might still be. They were parts of himself that were missing. In a mad, magical sense, they were his brothers. He formed his mouth around each word: "British, I won't let you kill them." He swept his blade from its scabbard and lunged into the kaleidoscopic colors of Nystul's protective wards, erected to contain the force of the Binding. The old wizard stopped chanting and barked out a new spell. Blackthorn saw the bolt of magic streaking towards him. With Shadowghast he smashed it from the air, only to be hammered by a dozen or more similar attacks. From the floor the nobleman growled his own incantation and launched a swarm of flaming stones at Nystul. The protective wards repelled the fireballs. Backthorn cursed. Nystul motioned to the Vortex Lens. "You have no hope against the Codex. Cease this undignified assault." Blackthorn glared back. "Stop me." "With extreme pleasure." An abrupt swell of glittering wind enveloped Blackthorn. He felt himself rise from the floor. Shadowghast seemed suddenly heavy, until he realized why. He could not move. The paralysis extended to his mouth and tongue, preventing him from casting a defensive enchantment. His sword flew from his strengthless grip and clanked into a distant corner. Nystul opened up a grin that chilled the nobleman. "Let's settle this right now, Blackthorn." "No!" Lord British looked away from the Spell of Binding long enough to shoot the wizard a stern look. "He's harmless now. Leave him be to watch." Nystul grumbled, "As you wish, my lord," and returned to his chanting. Lord British smiled at Blackthorn, suspended in a glimmering cyclone. "My friend, I'm glad you're here. Of all people I want you to see this." Consulting the Codex he called out another verse of the spell, to which he added, "The Virtues have guided our shards toward a common destiny. Let the Virtues now partition our worlds, so that component by component we may bind them all together. The Principles shall be our meter - Courage, Love and Truth. Let now the shards be likewise divided." His every word was echoed by the Britishes beyond the rifts. "Bring us first the lands to the east! I call to myself Moonglow, the city of Honesty, and everything that surrounds it." An unusual calm seized the room. Blackthorn was not sure what was going to happen next, but his mind raced for a means to stop it. The battle clamored outside the walls of Stonegate. The Virtue Guards were joined now by many Britannian Rangers, who had secured the fortress from its prior monstrous inhabitants. Though their captain, Lord Shamino, had accompanied Sire Dupre and his knights many miles away, still the ferocious rangers punched holes in the offensive formations. The sun had barely crested the mountaintops, yet the momentum of the conflict had nearly reversed. Then a rumbling sound stilled the melee for an instant. It rolled across the rocky crags from somewhere to the east. The thunder was followed by a strange apparition in the eastern sky. Obscured by the waking sun, a long, thin shape like an impossibly large ribbon seemed to be rising into the sky. It arched across the heavens and began to descend towards the battlefield. Both factions feared some new, terrible sorcery; but the ribbon did not strike the troops. Rather it punctured the roof of Stonegate itself. At close range, the soldiers could make out what they were seeing. It was a titanic stream of swirling blue liquid, oceans of it, leaping high into the sky from very far away and pouring inside Stonegate. The roar of the flow rattled stones and scabbards. After a few moments the battle resumed, though its fury was diminished. The giant stream of blue fluid smashed through the ceiling of the great hall. When it struck Lord British it condensed beyond all reason into a sphere in his left hand. Blackthorn strained against hope to break his paralysis. The sensation heightened that he was witnessing some raw, elemental form of substance, something more fundamental than the ordinary scope of matter. The notion fascinated him, though he knew it was only the hypnosis of the Codex.

ロード=ブリティッシュは詠唱を続けた。「我等にかの南西の地を送りたまえ! 我は呼ぶ、勇敢さの街ジェロームを!」


投げ出されたエグゼドゥアはまだ、広い玄室のドアのそば、床の上でのた打ち回っていた。気づかれることなく、1つの小さな人影が傍らに現れる。柔らかな手が、その血まみれの額にあてられた。金色の髪が肩に垂れかかる。すると、白い輝きがその女性の指からあふれ、暗殺者の肌に吸収されていった。エグゼドゥアの苦悶の動きが止まった。目を開き、しばらく虚ろに見つめていたが、徐々に輝きを取り戻してきた。

エグゼドゥアは上を見上げ、笑顔のようなものを作った。「ありがとう、レディ」

ガブリエルは指を唇に当てると、壊れた木のドアの影から状況をうかがった。その瞳が、心配そうに動き回る。

赤い液体が巨大な柱となって玄室の天井を抜け、ブリティッシュの右手にある球体に集まった。それと同時に、空間の裂け目からも漏れ出してくる。ブラックソーンは、その両方から溢れてくる力の量に驚いていた。ブラックソーンは何かに気がついて身構えた。そのとき、体温が急激に下がっていた。

 その液体は何かエレメンタルの力を持つものだった。とはいえブラックソーンは、この基本的条件を振りかえるより前に、その物質のゴーストを探知していた(訳注:このへん意味不明。申し訳ない)。岩や建物のような無機物質を感じ取った。植物や家畜、野獣のような生命力も感じ取った。人々を感じ取った。当惑した人々。おののいた人々。

ブラックソーン、私に何かできることは?

その声は、ブラックソーンの頭の中に奇跡のように響いた。ガブリエル、私を自由にできないか?

こんな呪縛を破壊するには力不足です! 私が10人いたって無理です!

じゃあ私のことはいい。ポーチの中にルーンがひとつ残っているはずだ。取り出してくれ。

ガブリエルは静かに呪文を唱えた。小さな石がブラックソーンのベルトポーチから転がり出て、きらめく光に包まれて宙を飛んだ。

これですね。これをどうすれば?

起動してくれればいい、ブリティッシュがこれ以上誰かを殺さないうちに!

ロード=ブリティッシュはレディ=ガブリエルに気付いていないようだった。「次なるものは慈悲の街ブリテイン。我は呼ぶ、我が本拠地を。この世界に結合の恵みをもたらすために。もう二度とブリタニアの魂が不完全のための痛みに苦しめられることがないように」

流れるような嵐がやんだ。ブラックソーンはブリティッシュの手の中にある球体に、死と恐怖と破滅を見て取った。その光景に胃が苦しくなった。

ブリティッシュは空間の裂け目に手を差し入れた。その手に、各時間の人々の手が連なっていた。地面が大きくゆれ、ブラックソーンは終わりが近づいてくるのを悟った。まもなく、ソーサリアのすべてが黄色い球体に流れ込み、ブリティッシュは自分の鏡像の手を繋ぎ合わせ、『不滅の宝石』がそれらをひとつに纏め上げるはずだった。あるいは、もしかするとその試みのために砕け散っていたかもしれない。

闇にまぎれたガブリエルは、密かに先ほどのルーンを起動した。白い光がその表面から溢れだし、その暴威にルーンストーンが零れ落ちた。ニスタルとブリティッシュが驚いた。

その光は強烈な輝きに凝縮され、そこからほっそりとした人の姿が現れた。青い水晶の杖を手にしたその女は、血に飢えた鮫のような笑顔を浮かべていた。

魔女の女王ミナックスが腕を開いて言った。「ブラックソーン、呼んでくれたのだね! 私のことなど忘れていたと思っていたのに」

ロード=ブリティッシュは動かなかった。その表情が集中のために強張っている。部屋の反対側で、レディ=ガブリエルが悲鳴をあげた。

ニスタルは怒りのあまり顔を紫色にしていた。「悪魔め! これでもくらえ!」両手を複雑に動かすと、脈動するエネルギーのオーラが発生した。

ミナックスが高笑いした。「わあああ、美味しいこと! そのかわいらしいまほーをもっとくれないか? 今朝は空腹でね!」

魔女に襲いかかった激しい炎の波が、部屋の中を結界の向こう側まで明るく照らし上げた。ミナックスは悲鳴を上げて倒れた。攻撃がやんだとき、ミナックスは驚きの眼差しを浮かべていた。

ニスタルの瞳がぎらりと輝いた。「いまのわしはおぬしよりも上なのだよ。我が怒りすなわちおまえの破滅だ」

魔女が鼻を鳴らした。「老いぼれが! 知るべきことを知らぬとは。その倣岸さに罰をくれてやろう!」2本の指から部屋の中央にあった祭壇めがけて漆黒の雨が降り注いだ。その呪文は『渦巻のレンズ』をくるみこみ、次に大きく膨らんだ。刹那、青い水晶の円盤は消滅していた。

ニスタルが喚きながら漆黒の中に指をさしいれた。その呪文は、指をさしいれたところから霧消してゆく。「ない! 貴様、あれをどこにやった!」

ミナックスは立ちあがった。「安全なところにね。さあ、どっちが上か見るがいい!」水晶の杖を一回転させると、ブラックソーンの背中を一打ちした。すると、ミナックスの瞳からニスタルの呪文による紫色の炎の2柱めがけて力が放たれた。老魔術師が地獄の業火の中で苦悶する。

「やめて!」ガブリエルが飛び出して、ミナックスめがけて魔法の矢を放った。だが、ニスタルがはった結界に触れて為すすべなく消滅した。

ガブリエル、さがるんだ!

ミナックスの呪文がやむと、煙の漂う床の上にニスタルが転がっていた。その孫娘が呪縛をくぐりぬけてそばに駆け寄る。

「さて」ミナックスはにやりと笑った。「お手伝いさせていただきましょうか、偉大なるブリタニア王よ」手のひらが突き出され、そこから光の球体が乱射された。めまぐるしく色が変わってゆく渦巻きに激突し、呪縛に亀裂が走る。続いて、ロード=ブリティッシュへの攻撃に移った。光り輝く矢が次々と腹部を捕らえる。

呪縛のスペル維持に集中していたブリティッシュには防ぐことができなかった。苦痛の叫びが響く。

割れ目の奥の光景が一変した。赤い球体と青い球体がブリティッシュの手からもぎとられ、エーテルの闇の中へと消え去った。荒々しいイメージが浮かび上がった。ブリティッシュが驚いて腕を引っ込めると、ミナックスの攻撃の痛みに崩れ落ちた。

ストーンゲートの壁が揺れ始めた。花崗岩がぼやけ、失せ、エレメンタルな金色の流れに変容する。ブラックソーンはスペルが暴走し始めたのを悟った。精神を麻痺した体に集中する。ブリティッシュが魔女のスペルの元に斃されるのを見たとたん、生の怒りが胸のうちから湧き上がり、強烈な、自らを体内から焼き尽くすような高熱と化すのを感じた。

そして、それを頂点に導く。

ミナックスがブラックソーンに向き直った。朗らかに唇を歪め、笑む。「その程度か、ロード=ブラックソーン! その熱、とかげの日向ぼっこにはちょうどよさそうだな。だが私には? 甘く見てもらっては困るね」

わたしだけではないんだよとブラックソーンは胸のうちで呟いた。ガブリエルには聞き取れたが。

ミナックスがブラックソーンに歩み寄ってきた。その優美な足が積み重ねなれたさまざまな色の光を切りさく。そしてブラックソーンのもとに到達したミナックスが口を開いた。言葉はなかった。その代わり、せきこみながら衝撃に目を見開く。

その背後に、エグゼドゥアの熟達した突きが決まっていた。あの深紅の剣、シャドウガストがミナックスの肩を貫いたのだ。

その皮膚が灰色に変じ始めた。天井をおあぎながらミナックスが叫ぶ。「なぜだモンデイン! 私が分からないのか? おまえを裏切ったりなどしない!」

シャドウガストは答えを返さず、ただミナックスを深紅の魔力でうちぬいた。ミナックスはひざをつき、苦悶の悲鳴をあげて床に崩れ落ちた。その衝撃は、ただ砂埃を巻き上げただけ――それがミナックスのなれはてだった。

急げ、ガブリエル! ニスタルにヒールを! あのスペルを止めなければ!

ガブリエルが治癒のスペルを唱えた。白い光が部屋を照らす。血まみれのニスタルがガブリエルの肩につかまってようやくたちあがった。うなりながら腕をふる。ブラックソーンは動けるようになりまえにつんのめった。麻痺を解いた後、老魔道師はやや気力を取り戻したように見えた。呪文を呟き始めると、ぼろぼろの呪縛が修復され始めた。

ブラックソーンには修復が間に合うとは思えなかった。その意味を十分に考えようとせずに、負傷したロード=ブリティッシュのもとに走っていた。

ブリティッシュは驚いたように割れ目のひとつを見つめていた。

他方に人影が現れた。人間ではない。ソーサリアに存在するどの種族でもなかった。けれども、ブラックソーンは見たとたんにわかった。エグゼドゥアの予言の中で見たことがあったのだ。古写本のビジョンに現れた人々。あの悪夢の世界に住む人々。鉄と煙の、瘴気と油の、ブリキと重機の、脈動するパイプラインの悪夢の世界に。その男の容貌は、ブリティッシュの容貌をそのまま反映していた――困惑した、勇敢で有能な王の顔。彼らの衣服や奇妙な鎧はぼろぼろになっていた。そして全身の傷から血がどんどん失われつつある。

彼らの背後に、ホロコーストが迫ってきていた。ロード=ブリティッシュが手を差し伸べて助けようとする。

ニスタルが飛び出した。「だめです、陛下! 何が起こるか――」

今度は、ブリティッシュが遮った。「ブリティッシュの判断に従うんだ! いまはそうするしかない!」

ニスタルが軽蔑するような眼差しでブラックソーンを睨みつけた。

ロード=ブリティッシュが割れ目の中の人物に手を差し出した。すると部屋に激しい炎があふれこんできた。

ホロコーストが彼らを捕らえたとき、ブラックソーンは顔を覆っていた。ニスタルの呪縛があらゆる突然の力の噴出を防ぐように胃とされていたのを、ブラックソーンは知っていた。だから、熱が自分の肉体を焦がし始めたときには驚いて身をよじった。ブリティッシュたちも同じように叫び声を上げていた。炎の向こうに、ニスタルが裂け目へと押し出されるのをブラックソーンは見た。ニスタルの声に応じて輝く防壁が現れたが、炎は瞬く間に新しい壁を打ち砕いてしまった。

ニスタルは悲鳴を上げながら炎の中に飲みこまれた。奔流する炎の鼓膜を破るような轟音の中、ブラックソーンはニスタルが蝋人形のように萎びて行くのを見た。そして炎はやみ、老人の姿は跡形もなくなっていた。

レディ=ガブリエルは泣いていた。「おじいさま!」その、かつてはあどけなかった大きな瞳がブラックソーンに向けられた。いま、激しい憎悪をたたえて。その背後では、ホールが金色の光の波の中に消えてゆきつつあった。

ロード=ブリティッシュは反対側の裂け目にもう一方の手を伸ばした。その頬を涙がつたった。

第二の裂け目の向こうにはまた別の謎の人物がいた。革の胴着を着た若い女性のようで、みごとな模様がついた肩掛けを羽織っていた。が、それでも彼女は人間ではなかった。肌の露出している部分は毛皮で覆われていたのだ。そして、動物的な耳をしていた。その周囲には、これまでブリタニアのどこにも存在していなかったような壮麗な水晶の都市が広がっていた。

ロード=ブリティッシュの動きは、金色の光がストーンゲージを破壊していくにつれて激しくなった。一瞬の後、毛皮の少女はその小さな手をブリティッシュの手に重ねた。雷鳴とともに、彼女の世界が彼に飛びかかってきた。生の、複雑なエネルギーがブリティッシュを圧倒した。その流れをブリティッシュは呪文を叫んでコントロールし、凝縮し、まるで先ほどの赤い流動体のような、自転する球体に転換した。そして、反対側の裂け目からブリティッシュに向けて放たれた巨大な力をもう一方の手に集める。

そう、ロード=ブリティッシュは、その文字どおり両手に別々の世界を手にしていた。そして第3の世界は、周囲で崩壊を進めていた。

やがて黒くて汚らわしい螺旋状の何かが、水晶の美しい都市から飛びかかってきた。ブリティッシュが痛みに叫びをあげる。

あの猫に似た少女がブリティッシュを神秘的なルーンで狙っていた。ブラックソーンはブリティッシュに殺到するマナの塊から後ずさりった。それでも、この汚らわしい邪悪な存在を振り切ることはできなかった。もはやブリティッシュの姿は見えない。ブラックソーンが手を伸ばす。エグゼドゥアがかの深紅の刃を投げ渡した。

シャドウガストが振りかぶられる。「歴史が偉大なる男の愚行を許してくれることを祈ろう。ブリティッシュ、しっかりするんだ!」

ブラックソーンは黒い邪悪な存在を、その恐怖の剣で切り裂いた。無形の腐ったそれが、すばやくブラックソーンを取り巻く。

その瞬間、空中の裂け目が両方とも爆発した。熱と爆音が炸裂する。輪状の障壁の外で、世界が金色の光の巨大な渦に凝縮されてゆく。そのほかはみな、純粋なエーテル、黒の中の黒だった。金色の光が彼らの頭上たかくを流れる。ブリティッシュの手にあったふたつの球体が空高く浮かび上がり、その魔力の流れの中に消えた。三つの力の噴出が、それぞれ異なる方角へとほとばしった。

 割れ目から立ち上ってきたものがブラックソーンを取り巻いた。それが体内に入りこんでくる苦痛に満ちた感覚にブラックソーンはよろめいた。ブラックソーンは自分の肉体が崩れていくのを感じた。そのとき、この汚らしい存在がもはやブリティッシュを攻撃していないのに気付いた。理由は明らかだった――それは、もうブリティッシュを食らい尽してしまったのだ。

ロード=ブリティッシュはいなかった。死体すら残らなかった。

死が波のようにブラックソーンにのしかかった。けれども、肉体的・精神的苦痛は、今のブラックソーンにとって何ら意味のないものだった。もはや嘆くだけの力も残っていないのだ、全身が消耗し尽くしていた。かつて英雄だった男の亡霊のような抜け殻が残っているだけ。そして抜け殻は、今やスカヴェンジャーどもの餌となった。

忘却に飲みこまれる前にとったブラックソーンの最後の行動は、彼がこれまで一度もやったことのないものだった。それは、彼に小さな、だが恐怖に満ちた類の安らぎを与えた。

ブラックソーンは絶望した。そして、消えていった。


その部屋は、まったくの白だった。家具も質素で――テーブルをはさんで、2脚の椅子があるだけだ。穏やかな、重苦しい沈黙が、暖かい空気を淀ませていた。

 質素な白いガウンを着たロード=ブリティッシュが、椅子のひとつに座っていた。その差し向かいに、謎めいた女性が、色鮮やかに重ねられたジプシーの衣装を身にまとって座っている。

「おかえり」と、彼女はくつろいだ声で言った。

「ここはどこだ?」

「ここはおぬしがやってきたところ」

ブリティッシュは眉を寄せた。「地球?」

ジプシーの女はくすりと笑った。「いいや。地球はしばらくの間おぬしの故郷であった。だが、始めからそこにいたわけではない。おぬしがこれまで旅してきた世界、そのほとんどをおぬしは記憶しておらぬのだよ」

「わけがわからんな。おまえは誰だ?」

「番人にして共謀者」と、男っぽい声が応えた。ジプシーは消えていた。ブリティッシュは今や、そこにミッドナイトブルーのフード付きローブをまとった人影を見とめていた。濃い影が、その男の表情を隠していた。「宇宙の変容の潮を見張り、そこからはずれた漂流者たちを掬い上げる者」

「分かったよ。おまえはタイム・ロードだな。なぜおまえは私をここに連れてきた?」

「我ではない。おぬしは我がいまだめにしたこともないほどの大変動カタクリズムを引き起こした。おぬしがここで唱えたあの呪文を」

「あの呪縛の儀式は! 私はあれのコントロールを失ってしまった! ブラックソーンに邪魔され、ニスタルに……死なれて」ブリティッシュはテーブルに拳を叩きつけた。「教えてくれ、何が起こったんだ! すべてうまくいったのか? すべて失われてしまったのか? 頼む、もしそのせいで今私がここにいるのならば、私にはそれを知る必要がある!」

「すべてが失われたわけではない。ブリタニアは残った。もっとも、ちと変わったがな」

ブリティッシュは指を鉤爪のように曲げると、金色の髪を梳いた。「だが、呪文は失敗した。破片シェアードの再統合はなされなかったのだな」

「確かに、なされなかった。しかし、おぬしはふたつの世界を忘却から救った」

「あの地割れの中の妙なやつか?」

「やつらはソーサリアのはるかなる過去であり、またはるかなる未来。両種族ともに放っておけば、己が災難によって消滅した連中よ。ただおぬしの勇気と慈悲だけが、連中をその運命から救ったのだ」

「どうやって? 覚えているかぎりでは、私はやつらの手を取っただけだぞ」

「おぬしはやつらの世界の断片を、おぬしの世界に引っ張り込んだのだよ。もっとも、やつらはまだひとりとして気付いておらんが、ソーサリアは今や3つの種族を抱えているのだ。3つの大陸。それぞれが、歴史の異なる一部を担っている。このパラレル化の結果どうなるか、それは時が明かしてくれよう」

「では、私を送り帰してくれ! 私ならば新しい人々の絆を作ることができる!」

その謎めいた人影は応えなかった。

「私を送り帰したくないのか?」

タイム・ロードは動きを止めた。あたかもブリティッシュの言葉を吟味するかのように。「おぬしは帰りえぬ、ロード=ブリティッシュ」

「なんだって! 私はどうしても――」

「あそこでのおぬしの時間は終わった。新たな世界がおぬしの到着を待っている」

「そんなことが受け入れられるか! 私にはやらねばならないことがある!」

「彼らの記憶、おぬしに関する記憶はすべて残る。くやむことはない。おぬしがブリタニアで為したすべてのことが、だ」

ブリティッシュはタイム・ロードの近くに身を乗り出した。「つまり、私は例の大変動カタクリズムで死んだということか」

ジプシーの声がブリティッシュに応えた。いたずらっぽい微笑む。「そうらしく思えるわけだ、残された人々にとってはな。しかし、おぬしは死んでおらぬ。おぬしは旅を続けるのだ。ブリタニアは決しておぬしの終着点ではない」

ブリティッシュは虚空を見つめた。「私にはできない……終わったのだと信じるなど」

「終わりではない。おぬしの足跡が、今後ブリタニアから消え去ることはありえぬ。おぬしは世界を作り上げたのだ。豊富な財宝と、さまざまな人格に満ちた世界をな。おぬしを英雄視する子どもらは、やがて成長し、おぬしの歩んだ道をさぐる求道者となろう。それこそおぬしの遺産なのだ、ロード=ブリティッシュ。すばらしい遺産だよ」彼女は、テーブルごしにブリティッシュの手をとった。「おぬしは牡蠣の中の一粒の砂。そこから産まれるものの美しさを見よ」

ブリティッシュは穏やかな、物悲しい笑い声を押し出した。「そして今、私は異なる世界に旅立ち、もう一度、私の仕事を終わらせ始めるというわけか」

「おぬしの才能にもっとも相応しい挑戦だよ、そう思わぬか? いや、覚えておらぬだろうが、おぬしは過去にそれを数え切れぬほど何度も成し遂げてきたのだ。いつの日か、おぬしの物語を話して聞かせよう」

ブリティッシュはゆっくりと首を横に振った。「今はいい。知りたいのはひとつだけなんだ。我が友はどうなった?」

「ブラックソーンか? あやつは滅びてはおらぬ、もっとも死に瀕しておるがな。ひとりの男の残骸に残された一かけらの燃えさし。それがやつのすべてだ。風を送るものがおらねば、死ぬことだろう」

ブリティッシュは目を擦った。その手の中に、安堵の表情が。「ブラックソーン、我々は揃って石頭の愚か者だった。私を、私の友情を忘れないでくれ。私も、君のことを忘れない」

「ブリタニアに、おぬしらのことを忘れるものはひとりもおるまい。そのことは安心するがよかろう。さて、おぬしの次なる故郷に案内するとしようか?」

ブリティッシュは、ジプシーの顔を見つめた。「断る。ただ、道の始まりがどこにあるかを教えてくれればいい。自分の道は自分で見つけるつもりだ」

タイム・ロードはにやりと笑った。「当然のことだな。それがおぬしの常なのだから」

二人はテーブルを立ち、歩み去った。その白い部屋に、消えゆく足音の残響を残して。


眩い光が炸裂し、ある城の小塔の上に小集団が現れた。混沌としたブリテインの家々の屋根が南の方で連なっている。北では、巨大な火の玉が暁の空を焦がしていた。

ブラックソーン城の中央塔の屋上に、3つの人影が寄り集まっていた。エグゼドゥアがレディ=ガブリエルに上に屈みこんでおり、ガブリエルは地面に跪いていた。2人の前に寝かされているのは真っ黒い、渇ききった生き物で、それがロード=ブラックソーンのなれはてだった。その顔であった部分には、両目が大きく見開かれていた。その充血しきった瞳からは、意識がまったく感じられなかった。

「うまくいったんですよ、レディ」とエグゼドゥア。「脱出に間に合ったんだ。閣下を救えますか? 我々は、ここに長くいるわけにはいかないんです」

「黙って!」ガブリエルが唸るように言った。「体の中にまだ何かがいるのよ」

暗殺者は即座に言いかえした。「助けるんです! お願いです、レディ!」彼はその若々しい顔からふだんの沈着さは失われていた。「あまり時間はありません。我々の攻撃の便りは、もうすぐこの都市に着いてしまいます。ブラックソーン城は、明日のこの時間には徹底的に破壊されているかもしれない」

女魔術師はその言葉を無視した。慎重な手つきで、ブラックソーンの荒れ果てた胸をなでる。「回復の見込みはありませんよ、ブラックソーンさま。あなたは死にかけています。でも忌々しいことだけど、そういうわけにはいかないんです。善きにせよ悪しきにせよあなたがなさったすべてのこと、私にはその重みに耐える自信がありません」そう言いながら、ブラックソーンの膨れ上がった瞳を覗きこんだ。「お受け取りください、閣下。私からの赦しの証として」

ガブリエルは両手をブラックソーンの血まみれの眉においた。優しげな光がブラックソーンの体を包み込み、ガブリエルの顔は苦痛に歪んだ。一度だけ大きく痙攣すると、ガブリエルは塔の木製の屋根の上に、仰向けに崩れ落ちた。黒い、腐ったような影がブラックソーンの眉から立ち昇り、ガブリエルの胸に吸い込まれて行った。

エグゼドゥアはガブリエルの前にうずくまった。ガブリエルの危難に対して何ら打つ手を持っていなかったのだけれども。ただ無力に見つめているうちに、不定形の不吉な気配がガブリエルの全身に広がり、数秒でその肉は萎縮して細い骨同然となり、瞳が顔に現れた微かな恐怖を表すかのように膨れ上がった。それから黒い、のた打ち回る何かが完全にガブリエルを貪り食ってしまい、その体はただの骸骨となり、そして、消えゆく煙の影のように掻き消えた。

暗殺者は吐き気に胃を押さえて後ずさった。

長い間、エグゼドゥアは唇を噛み締めながら塩辛い涙がそこまで伝ってくるのを感じていた。やがて息をつくと、ブラックソーンの容態を確かめるために振りかえった。その表情が明るくなる。「閣下! 私です、分かりますか? しっかり捉まって、ここからでますよ。私が閣下をお助けする方法を探しますから。ソーサリア中旅することになったとしても、きっと答えを見つけてみせます!」

エグゼドゥアはすばやくブラックソーンを華美な敷物で包み込んだ。顔だけが外に覗いていた。枯れきった肉体を絞るかのように、充血した瞳から弧を描いて涙が一筋零れ落ちた。

何かの音が、ぼろぼろになった唇からもれた。誰にも聞き取れない、微かすぎる音が。

エグゼドゥアはブラックソーンの体を腕に抱えると、屋上にあるブラックソーン城内への入り口へと急いだ。最後に街への一瞥をくれると、中に入って体を使ってドアを閉めた。

冷え切った朝の静けさがゆっくりと動き始めた。そこには過去の困難の思い出や、運命の静かなる死が隠されていた。

それは、この先続く日々年月の前兆であり、この国の人々が空前の挑戦をうけるときの前兆だった。それは、新たなる世界の始まりを高らかに告げたのだ。だがその静けさは、終わるべく宿命められたものではない。

大変動カタクリズムは、言うまでもなく、常に始まりなのだ。

By Austen Andrews
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Translated by 枯葉
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